宝くじは買わない
今日は嫁と飲みに行った。
僕の近所には美味しい焼き鳥屋さんがあって、刺身で食べられるほど新鮮な鶏肉を、絶妙な火の通し加減で焼いてくれる。
僕はサッポロの中瓶、妻は白ワインを。
お互いのグラスに軽く触れると、僕はコップの中身を飲み干した。
キリリと冷えたビールが喉を潤す。
うまい。
さっそく頼んだ串が運ばれてきた。
まずは肝をタレで。
甘めのタレ、肝の旨み、プリプリの触感が口を楽しませてくれる。
おいしくて、すぐに食べてしまう。
そして、ビールを一口。
最高だ。
口中の余韻に浸りながら、ふっと、隣を眺める。
今日の嫁は着物姿だ。
彼女は1年前から着付けを習っていて、最近自分で着られるようになってきたらしい。
今日はお友達とランチに行ってきたらしい。
楽しそうな妻の顔を見るのは嬉しいことだ。
幸せだな、と思った途端に、今日の自分の不甲斐なさが襲ってきた。
今日は将棋の大会でボロボロに負けた。
初めてのチーム戦で気合を入れて行ったにも関わらず、全く自分の実力が出せず、負け越しに終わった。
僕は石田流三間飛車、ゴキゲン中飛車、4-3戦法を愛する生粋の振り飛車党だ。
5年前に将棋を初めて、道場では三段。
最近では四段の人にも勝てるようになってきて、正直自分は強くなってきたんじゃないかと思っていた。
でも、全くそんなことは無かった。
道場将棋がいくら強くても、大会で勝てなければ意味が無い。
大会ならではのテクニック、時間配分、焦りやプレッシャーに打ち勝つメンタリティ。
僕はどれも持ち合わせていなかった。
結果、僕は負けた。
自分が情けなかった。
みじめな気持を抱えて帰路に着く途中、駅の構内で何やら行列ができていた。
「年末ジャンボ!今年は一等10億円ですよー!!」
売り子のおじさんがなにやら叫んでいる。
僕は普段、宝くじなんて買わない。
こんな気持ちの時は、宝くじなんて当たらない。
でも、こんな時だからこそ買ってみようかなと僕は思った。
頭をからっぽにして10分ほど列に並んでいると、いつの間にか窓口の前まで来ていた。
「はい、どうしましょ?」
おばちゃんが僕に尋ねる。
「じゃあ、ジャンボとミニをバラで10枚づつ。」
「はい、6,000円ね。」
僕は財布から1,000円札を6枚取り出すと、会計のトレイに置いた。
「じゃあこれで。」
「はい、確かに。じゃあこれ10枚づつになります。」
「ありがとう。」
僕は宝くじの包みを受け取り、肩掛けカバンに入れると、列を離れた。
そして、とぼとぼと歩き、電車に乗り、家に帰った。
家に帰り、座椅子にもたれながらコタツに入っていると、嫁が帰ってきた。
「晩御飯どうする?」
「飲みに行こうか。」
そして、今このカウンターに座っている。
嫁が僕に聞く。
「ねえ、あなたにとっての一番ってなに?将棋?」
「なんだろう、将棋もそうだけど、あとは書くことかな。」
「でもいつも将棋ばっかりしてるじゃない。」
「そうだよな、小説も書きかけのまま止まってるし。」
「もう、普通の将棋好きのサラリーマンでいいんじゃない?」
なかなか痛いところを突いてくる。
「将棋って強くなって何になるの?プロになるわけじゃないんでしょ?」
「まあ、今からプロになるのは難しいだろうね。」
「休みになると、時間の大半を将棋に使ってるじゃない。だったらもう少し小説に集中したらいいんじゃない?」
「君の言う通りだ。結局、僕は将棋も小説も中途半端にやってるからダメなんだ。将棋を強くなろうと思ったら、集中して勉強しないとダメだし、小説だってきちんと書かないといつまで経っても完成しない。これを機に小説に集中しようかな。」
「それがいいかもね。」
「じゃあ、暫く将棋は止めるよ。」
「別に止めなくてもいいじゃない。息抜き程度なら。あなたは一つの事にのめり込み過ぎるのよ。」
「やっぱりそうなのかな。小説もさ、真剣に書いちゃうから、段々苦しくなってきて、つい将棋に逃げちゃうんだよね。逃避の為に将棋をやってるような奴が強くなれるはずないよな。」
「ねえ、あなたブログとか興味ない?」
「え?」
「知り合いの人が結構ブログとかツイッターとかインスタグラムとかやってるのよ。大学時代の同期の子も、サイトで小説公開してるし。」
「そうなんだ。」
「もっと軽く文章を書いてみたら。自分の生活とか、本とか映画の感想とか、なんならBL小説とかでもいいし。」
「たまげたなあ。」
「何でもいいから書く習慣が身に着けば良いと思うのよね。やってみたら。」
「なるほどね。」
そういうわけで、早速ブログをはじめてみました。
宝くじ、当たるといいなあ。