せいしって何だっけ?
「せいし」と聞いてみんなは何を思い浮かべるかな?
「静止」、「生死」、「精子」、いろんな「せいし」があるよね。
平成27年11月13日大安。
僕は京都市内にある某神社の新郎控室に居た。
両親や姉夫婦と待機していると、巫女さんと言うにはあまりにもお年を召された女性が僕に近づいて来た。
「失礼します。式の流れを説明させて頂いてよろしいでしょうか。」
「どうぞ。」
僕がそう答えると、巫女さんは神前式の流れを順番に説明し始めた。
参進の儀、修祓の儀、 祝詞奏上の儀 、三々九度の盃・・・
堅苦しいワードが並び続け、正直眠くなってきたところ、巫女さんがおもむろに折りたたまれた和紙を僕に差し出すとこう言った。
「こちらはせいしになります。」
「せ、精子ですか?」
「ええ、誓詞です。」
精子なんだ・・・
僕は日本の伝統文化に改めて触れ、思わず背筋が伸びる思いがした。
「誓詞奏上と申しまして、神様の前で誓いの言葉を述べて頂きます。」
ああ、そういう事か・・・
「分かりました。これを読み上げればいいんですね。」
「はい、読み終えましたら玉串を捧げた後、席にお戻りください。続いて両家のお父様方からも玉串を捧げて頂きます。その後、ご親族一同でお神酒を頂き、神主の挨拶で終了となります。何かご質問はございますか。」
精子だけでは飽き足らず、玉を捧げろだなんて・・・。
僕はこれから行われる儀式に狂気を感じながらも、下半身に不思議な高揚を覚えた。
正直、袴の下はビシャビシャだ。
「いえ。特にありません。」
「それでは、今しばらくお待ちください。」
そう言うと巫女さんは去っていった。
それから誓詞の内容を確認したり、親族と歓談したり、写真を取ったりしている内に、式の時間になり、巫女さんが再度控室に入ってきた。
「それではお時間になりましたので、皆様本殿へお移り下さい。」
さあ、生本番だ。
僕は控室を出ると、白無垢に綿帽子姿のエイリアンみたいな恰好をした美しい妻と一緒に、神社の境内をゆっくりと歩いて本殿へ向かった。
季節は秋。
木々は色付き、空は澄んでいる。
新たな門出には丁度良い日だ。
通路を進み、短い階段を上がって、僕は本殿にインサートした。
中には机と人数分の椅子が用意されており、僕と妻は神前の真向かいの椅子に腰掛けた。
そして、式が始まった。
神主のお祓いと祝詞が終わると、金ピカのジョウロみたいな酒器から、巫女さんがお神酒を注いでくれた。
巫女さんの言った通り、僕は三つの盃を三度に分けて飲み干した。
体の隅々まで清められる気分だ。
そして、とうとう「せいし」の時がやって来た。
僕は妻と並んで神前に立つと、巫女さんから渡された和紙を懐から取り出した。
そして、深く息を吸い込み、丹田に力を込めると、秋空に響き渡るほど強く、神に誓いを立てた。
誓詞
今日を吉日と定め〇〇神社の大前に
〇〇 〇〇と〇〇 〇〇と
夫婦の契りを結び固むるに依りて
今より後は互いに相和し相睦び
楽しきを分かち苦しきを共にして
長く久しく夫婦の道に背くことなく
家政を治め子孫の繁栄を計るべく
誓い奉ることを茲に謹みて白す
平成二十七年十一月十三日
夫 〇〇 〇〇
妻 〇〇 〇〇
一息に読み終えると、僕は妻の横顔を見る。
その口元は綻んでいて、何だか幸せそうに見えた。
この世の中にはいろんな「せいし」がある。
今後、僕は妻と生死を共にする。
僕の精子が妻を孕ませ、子を成すこともあるだろう。
その子が育ち、一人前になって、今日の僕のように誓詞を読み上げる日がきっと来る。
そして、僕はいつしか老いて、やがて全てが静止する日が来るのだろう。
せいし、せいし、せいし、せいし。
今日ほど幸せな日は無い。
僕は、そう思った。